【映画感想7】 『[リミット]』 ――ラストの一言で氷解する
■あらすじ
男が目覚めると、そこは真っ暗な棺の中。どうやら棺ごと土に埋められたらしい。
彼はアメリカ人であり、イラクで物資運搬の運転手をしていた。
これがテロリストによる犯行だと考えた彼は、限られた物資(見知らぬ携帯、ライター等)を手に、犯人との交渉や各方面への救助要請を試みる。
【公開年】2010年,スペイン
【視聴時】2015年
【記事執筆時】2015年
■感想
この映画は凄い。ラストが凄い。
しかし凄さが分かりにくいし、ラスト以外も凄くはない。
そもそもシチュエーション・スリラーとしてはあまり凄くない。
そこで、どこがどう凄くて、逆に凄くないのかを書いてみようと思う。
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まずは凄くないところから。
この映画の触れ込みは「砂に埋められた男! 極限のシチュエーション・スリラー!」といった所だろう。
棺の中から出られない男が一体どうやって頑張るの? どうやって90分も持たせるの?
という部分が、大半の視聴者の興味だと思われる。
しかし、こうした点ではあまり面白い映画ではない。
まず「どう頑張るか?」は、基本的に「携帯で電話をかける」だけである。
ここで大半の視聴者はガッカリするだろうが、これはまあ仕方ない。状況が状況だけに、他にやりようがない。
次のガッカリポイントは、電話相手たちの理不尽な対応だろう。
主人公は馬鹿ではない。911やFBI、勤め先、家族など考えつく所には電話をする。
しかし電話先の人間は、彼をたらい回しにしたり、責任逃れを始めたりと、まともな救出を考えてくれない。
ネタバレするとこれは実社会のシステムに対する皮肉*1なのだけど、単純に観ていてイライラする人も多いだろう。
また、明かりや携帯の充電が減って困る、という状況もあまりない。
もちろん生き埋めという極限状態ではあるけれど、酸素も減らないし、状況が変化していくという事はない。
まとめると、「極限状態から知恵を絞って脱出するシチュエーション・スリラー」が見たい人にはオススメしがたい内容なのだ。*2
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では何が凄いのか?
ラストのどんでん返しである。
「どんでん返し」と言っても、実は砂の中ではなくビルの一室でした! 的などんでん返しではない。
そういう、設定の根底をひっくり返すものではなく、(ネタバレ反転→)最初から何の望みもなかったことが氷解する(ネタバレおわり)という意味でのどんでん返しなのだ。
ちょっと詳しく説明すると以下のようになる
(ネタバレ反転↓)
あのラストシーンの台詞で分かることは以下のとおり。
・マークホワイトは、以前、主人公とは別の棺に閉じ込められて、そのまま死んでいた。
→映画前半で「今まで助けた人の名前を教えてくれ」と聞いた時、「マークホワイトという青年を助けた」と言われたは嘘だった
→あの時、担当者は「助けた人の名前」を正直に言うことが出来なかった
→そもそも担当者(というか国家)は、今まで一人も助けられていなかった。
→最初から主人公には何の望みのなかった。
更に言えば、この事から「やはり国家は国民(特に主人公のような低所得者層)など何とも思っていない」という社会批判性も浮かび上がるだろうが、まあ個人的にはそこはあまり興味がない。
このラストが素晴らしい所は、絶望への落差が非常に激しいところだ。
あの台詞の直前、主人公はギリギリの状況ながらもついに生存の可能性を見つける。
「ついに棺を見つけたぞ!」という声が聞こえて、視聴者も含めてようやく助かったと安堵する。
しかし台詞ひとつで、「助からない」どころか「そもそも助かる望みなど無かった」という所まで落ちる。
それが上手い。
もちろんバッドエンドであり後味は悪いけれど、それを覆すほどの優れたオチだと思う。
(ネタバレここまで)
そういう訳で、僕はこの映画のこのオチがとても好きなのだ。
たった一言で、(主人公から見た)世界の構造が一変するのはとても気持ちがいい。
全くジャンルが違うけれど、日本の傑作推理小説『十角館の殺人』*3を思い出した。
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まとめるとこの映画は、
シチュエーション・スリラーとしては中品質の面白さ。
脱出物としては低品質の面白さ。
社会批判としては、人によっては高品質な面白さ。
そして、伏線回収やオチを求める人には、非常に高品質な映画だと言える。
何にせよこういう映画をたまに観れると嬉しい。